
宮崎県の古代の時代はどのような歴史的背景だったのでしょうか?
今の宮崎県の地には、古墳時代からヤマト王権の影響力が及び、東北地方最大の雷神山古墳(名取市)などの前方後円墳が造られていた古墳時代後期には、厚葬禁止の令に従い、横穴式古墳も多く造られていた。
奈良時代末期から平安時代初期、仙台平野北部・三陸沿岸の蝦夷が何度か大和朝廷の拠点を襲撃し、38年戦争が勃発したといわれている。
また、11世紀半ば頃、北上平野の俘囚の奥州安倍氏が仙台平野に影響を及ぼして、多賀城の国司と対立した。
安倍氏討伐の命をうけた源頼義が下向しても仙台平野の郡司らは中立を守り、苦戦した朝廷軍は仙北の俘囚主清原氏の参戦でようやく安倍氏を滅ぼしたといわれている。